事業売却事例その1(医薬品対面卸売事業ーその2)
私が実際に責任者として携わった医薬品対面卸売事業を競合企業への売却した事例の、今回は第2回目となります。第1回目は主に事業売却をするきっかけから事業売却の契約締結までについて述べましたが、今回は事業売却の交渉と並行して、譲渡事業の従業員に対してどのようなシナリオを想定し条件提示を行ったのか、結果どのようなことが起きたのかを紹介したいと思います。
事業売却を考えたりする際、「従業員はどうするのか?」というテーマは、このブログをご覧の社長さんにとっても非常に興味深いテーマだと思いますので、実際に準備したこと・発生したことを事実ベースで共有したいと思います。
<目次>
1.事前調査 |
1.1.事業譲渡と会社分割の違い |
1.2.顧客との事前交渉から事業譲渡を選択 |
2.従業員転籍・退職に向けた交渉 |
2.1.譲渡先との交渉 |
2.2.事前妥協ラインの社内合意 |
2.3.個別従業員との交渉 |
3.振り返り |
3.1.成功した点 |
3.2.失敗した点 |
1.事前調査
1.1.事業譲渡と会社分割の違い
譲渡予定先との交渉が本格化してタイミングで、そもそも会社の売却の形態についてどのような方法が取りうるかをS社の顧問弁護士に確認を行いました。そうしたところ、事業売却には、事業そのものを売買する事業譲渡と、会社分割したうえでその分の株式を譲渡するという株式譲渡の2つの形態があることがわかりました。
それぞれの違いなどは一般的なM&Aのポータルサイトなどで説明されていますのでそちらを参照いただければと思いますが、それぞれ法的な位置づけが異なります。今回は以下の点を違いとして認識しました。
考慮事項 | 事業譲渡 | 会社分割 |
概要 | 極端に言うと商品を売買するのと同じ。そのため売りたいものを個別に選択し譲渡可能だが、法的に制約があるものは譲渡できない | 会社分割という法的な行為。従業員・取引先との契約にとどまらず債権・債務・資産・負債などを包括して切り出す行為 |
譲渡事業で働く従業員 | 引き継げない。 そのため、従業員の意志で自社を退職後、新たに売買先と雇用関係を結んでもらう必要あり | 引き継がなければいけない。 そのため、従業員の意志に関わらず、新会社の従業員は全員引き継ぐ必要あり |
取引先・顧客との契約 | 引き継げない。 そのため、買収先と顧客・取引先とで、新たに契約を結ぶ必要があり、条件が変わる可能性あり | 引き継がなければいけない。 そのため既存の取引先との契約条件を新会社でも適用しなければいけない。 |
処理 | 簡易 顧問弁護士に通常範囲のアドバイスを受けながら社員で実施可能 | 複雑 顧問弁護士に特別PRJを組んで支援してもらう必要あり |
まず事業譲渡は極端に言うと商品を売買するのと同じで、在庫や社内資産などを譲渡することはできるが、第三者の意思が絡むもの(従業員との雇用契約、取引先・顧客との取引契約)は第三者が許可しない限り譲渡することが出来ないという事がわかりました。逆に言うと柔軟に譲渡するものを選別することが可能なのが事業譲渡と言えます。加えて通常の商取引として実施できるため、ある程度顧問弁護士の助言などを受ける必要はありますが、社員で実施可能という事がわかりました。
一方で、会社分割は会社法に定められた行為で、第三者の意思が絡むもの含めてすべてを別会社として切り出してその株式を売却するという行為です。すべてを引き継げる分、逆に「この人は引き継ぎたくない」「この契約は不利な条件だから引き継ぎたくない」という事は出来ずに、切り出した会社をすべて丸ごと譲渡する形になります。契約に関しては、特に取引先が不利にならないようきちんとしたプロセスを踏まねばならず、顧問弁護士に専門のチームを組んでもらう必要があり、社員のみでは実施不可能という事がわかりました。
1.2.顧客との事前交渉から事業譲渡を選択
医薬品卸売市場はその1でも説明していますが、人手が足りない部署に異動を行ったうえで、なおその事業部で抱えている正社員が10名・パートの時給制社員が3名で合計13名という状態でした。この事業部の場合経費の80%~90%は従業員の人件費が占められており、結局この従業員をどこまで引き受けてくれるのか、特に無期雇用契約を結んでいる正社員10名をどの程度引き受けてくれるのかがポイントです。
そこでまず、交渉先がどの程度従業員を引き受けてくれるかを考慮して、事業譲渡・会社分割の場合どのような対応が必要になるのかを想定しました。
<ケース>
ケース | 買収先の意思 | 当社の戦略 |
ケース1 | 従業員全員の受入を希望 | 事業譲渡:全員転籍を説得(自己都合退職)。応じない従業員は会社都合解雇をする。 会社分割:説得の必要なし |
ケース2 | 従業員の選別を希望 | 事業譲渡:選別された従業員には転籍を説得(自己都合退職)。選別から漏れた従業員は会社都合解雇をする 会社分割:(取れない※取る意味が無い) |
ケース3 | 従業員を希望しない | 事業譲渡:譲渡自体を断り、廃事業にして当該従業員は全員会社都合解雇をする 会社分割:(取れない※取る意味が無い) |
この場合、会社分割が有効なのはケースはケース1の「買収先が従業員全員の受入を希望」する場合だけであることがわかりました。ケース2・ケース3のようなケースでは会社分割は取れないので、実質的な選択肢としては外されます。
今回は事業譲渡の早い段階から、買収交渉先が1社(=A社)に絞られており、かつその1社からは「正社員10名の全員の転籍は不要。この売上規模なら我々の場合は営業マン3~4名+薬剤師1名で運営している」という言葉を受けていました。そのため、ケース1が無いことはほぼほぼわかっていたため、事業譲渡で行おうと意思決めをしました。そして、この時点でケース2・ケース3のいずれかとなるかは不明でしたが、この時点で従業員を会社都合解雇する必要があることは人数の大小はありますが確実になりました。そのため、どの道会社都合解雇が必要なら、最悪は廃事業にしても会社都合解雇の人数が異なるだけと考え、なるだけ多くの従業員の転籍をA社に希望してもらうことを目標に据えました。
進め方としては、
1.譲渡先から移籍希望従業員を指定してもらう
2.移籍希望従業員に対して、残留した場合にはどの部署に異動になるかを含めて提示し、残留OR移籍のいずれかを決めてもらう
3.移籍を決めた従業員が退職し、譲渡先と雇用契約を結ぶ
というステップを経ることになりました。
2.従業員転籍・退職に向けた交渉
2.1.譲渡先との交渉
譲渡先の交渉ですが、可能な限り最大人数の移籍を望んでもらうために、従業員の個人情報はマスキングしたうえで事業部の全従業員の職歴・職務内容などを私の方で整理して先方の社長に提出しました(この資料は第1回目に掲載しております)。
そうしたところ、先方社長からは当初の要望として
要望 | 要望内容 |
1 | 転籍する社員は、事前面接をしたうえで選抜をさせてほしい |
2 | 営業マン3名・薬剤師1名の合計4名を移籍させてほしい |
という2つを提示されました。
まず要望1に関しては明確に断りました。面接などをして採用・不採用だと、移籍が決まるにしろ決まらないにしろ、従業員にとって印象が良くなく、買収先に対しても我々に対しても従業員の信頼をより損なうと思われたからです。もちろんただ単に断るのではなく、対案として少なくとも書面の段階で選考をしてもらい、その上で顔合わせ確認としての面談を設定することを提案しました。面談では選考ではなく、「移籍したうえで期待していることなど」などを前提に、前向きな話してもらうほうが良い影響を産むと思ったからです。こちらに関しては先方社長にも納得してもらい対案通りで行うことになりました。
次に要望2に関しては、既存業務を少なくとも10名の従業員で行っている為、できる限り既存事業近い人数を採用してもらい、ある程度効率化出来たら先方の他拠点へ異動させることなども含めて提案しました。また、現在のキャンペーン企画などは薬剤師以外の企画職の人間が行っているため、薬剤師を除く現在3名の企画職の内最低限1名は採用してもらったほうが良いということを提案しました。前にも書きましたが、最終的にはどの道残ってしまった社員に対しては退職勧奨を行わなければいけないため、なるだけ多く採用してもらったほうがよいと考えたためです。こちらは先方マターでいったん検討することになりました。
先方にて書類選考を行った結果、最終的には以下の社員を転籍させてほしいと要望を受けました。
・営業マン・・・ 4名/6名中
・企画職・・・ 2名/4名中
当初要望されていた4名と比較すると2名増加になるので、かなりの進展です。先方に確認したところ、営業マンに関しては先方内で他拠点でも営業マンを募集して採用できないという現状があったそうで、先方の社内異動をすることも前提に多めに採用したいとの事で上記人数となったとの事でした。こちらとしてもこれ以上求めることは無いため、人数に関しては先方要望ママで同意をすることにしました。
次に買収先から移籍希望の従業員に対して条件提示をしてもらう必要がありあすので、上記の6名に対して条件提示書を作ってもらうことをA社にお願いしました。それぞれの従業員の現行給料を開示したところ、同じ給料~ややアップで提示したいとの事で、契約締結が終わり従業員への条件開示が始まる12月末までには作ってもらうことになりました。
2.2.事前妥協ラインの社内交渉
先方との交渉が完了したら、次はいよいよ社内です。今度は売却事業部の従業員に対してどのような条件を提示するかを、社長さんと詳細に決めておきます。事前にここまではお金を出すけど、これ以上は出さないというデッドラインを決めておかないと、従業員とずるずる交渉となってしまうためです。
先ほども書いたように正社員は10名いますので、先方が移籍を希望する・しないに関わらず無事にこの会社を退職してもらうのが会社としては一番望ましいことになります。当然一番いいのは、事業部の正社員10名全員が「自分から辞める」と言ってもらうケースですが、まず普通に考えたらそのような無条件で退職する社員はいないので望みはありません。逆に一番最悪なのは、正社員10名が全員退職を拒否して社内で異動させざるを得ないケースです。
それらを踏まえながらいろいろなケースを想定しました。
<会社にとって従業員に取ってほしいシナリオ>
最上シナリオ | 通常シナリオA | 通常シナリオB | 最悪シナリオ | |
先方が移籍希望の7名 | 自己都合退職+転籍 | 自己都合退職+金銭+転籍 | 会社都合退職+金銭+転籍 | 退職拒否&社内で異動 |
先方が移籍を希望しない3名 | 自己都合退職 | 自己都合退職+金銭 | 会社都合退職+金銭 | 退職拒否&社内で異動 |
まず、顧問弁護士と確認を行い法的には事業譲渡(=事業縮小)のため、他に社内で異動など十分可能性を探ったうえで異動先が無く解雇というのは問題ない旨の確認が取れていました。ただ、この時は少し顧問弁護士から指摘を受けたのは、他事業部では中途採用の人を同時期に募集していたということでした。
既に他の事業部が欲しいと言った人材は事前に社内異動をしているので、もちろん残っている医薬品卸の従業員(営業マン・企画職)は、社内の他の部署ではそもそも不要という判断を社長がしていました。ただし、それでも他事業部で中途採用の人員を募集しておきながら、片一方では業績不振として解雇をしてしまうのは、不当解雇として裁判を起こされた場合に、敗訴したり・こちらが金銭を支払って和解しなければいけない可能性が高いことを指摘されました。もちろん裁判自体を起こされなければ何も問題は無いですが、今回は先方が移籍を希望しない4名がいることが懸念材料となりました。これらの人物が転職活動をして次の退職先が決まっていればよいですが、年齢も全員50代のメンバーであったため決まらない可能性が高く、その場合は団結して裁判をしてくる可能性が高いと思われました。
これを回避するために、
・STEP1.業績縮小を理由として、受け入れがたい様な社内異動の提示を行う。
・STEP2.STEP1の異動が飲めないのであれば自己都合退職をしてもらう。
・STEP3.STEP2も飲めなければ、業務縮小ではなく異動の拒否による解雇(条件により金銭的優遇を付ける)
という形で業績不振による解雇ではなく、あくまでも異動を拒んだことを理由にした解雇であれば、裁判になった場合でもほぼほぼ負けることはないことが弁護士と協議して明らかとなりました。ただしこの場合、そもそも提示した社内異動に納得された場合は最悪シナリオになってしまうため、なるだけ売却事業部の人たちにとって受け入れがたような異動先を提示するという必要がありました。
これらの情報を踏まえて社長とも再協議を行い最終的には訴訟リスクを回避するため、後者のシナリオを取ることにしました。そして異動先としては何人希望を受け入れるかは不明でしたが、おそらく売却先の社員が最も受け入れたくないだろうという点で、採用に苦戦していた東京のコールセンター(問い合わせ処理や受注入力)での異動を提示することにしました。コールセンターという職務が未経験であるうえ、単身赴任などが前提となる東京勤務は受け入れがたいだろうと判断したからです。
これを踏まえて、先方が転籍を希望した従業員と希望しない従業員に対して、それぞれ以下のSTEPで条件を提示することにしました。
<提示シナリオ>
STEP | 先方転籍希望従業員(7名) | 先方転籍希望が無い従業員(3名) |
---|---|---|
STEP1 | 東京コールセンターへの異動 OR 自己都合退職して売却先へ転籍 | 東京コールセンターへの異動 |
STEP2 | (無し) | 自己都合退職 |
STEP3 | 自己都合退職+金銭 OR 会社都合退職(解雇) | 自己都合退職+金銭 OR 会社都合退職(解雇) |
STEP3にいった場合に、どこまで退職に際して臨時的に費用を出せるかという点が重要となります。この会社の場合は役職や給与に応じた額を毎月ポイント化し幅として1万円~3万円/月を毎月会社が退職金として積み立て行く仕組みを持っていたのですが、会社都合退職の場合には積み立てた金額の100%が支給されるのに対して、自己都合退職の場合には50%(会社都合退職の半額)しか支給されないという仕組みでした。当然会社としては自己都合退職が望ましいですが、普通は考えずらいです。なので、まずはSTEP3の会社都合の場合の退職金でどれだけ違いがあるのかを見積もることにしました。幸いなことにというか、この事業部の従業員はその1年前に他の企業を吸収合併して転籍となっていたため、この会社に転籍時に退職金は前の会社で精算されていました。そのため各人の退職金は勤続2年程度となり9名全員会社都合退職で100%の退職金を支払っても500万円程度にしかならないことがわかりました。全員自己都合退職をしても250万円ですので会社都合と自己都合退職の差は250万円程度しか発生しませんでした。
次に考えなければいけないのは先方転籍希望が無い従業員の場合です。こちら場合は会社都合退職(解雇)をしても裁判のリスク自体は残ります。そのため最終的にはエイヤで決めたのですが3名に関しては会社都合退職金も支払いながら、自己都合の退職届を書いた場合には追加で一人あたり100万円をプレミアムとして上乗せすることにしました。4名ですので400万円となりあmす。。
このようにして自己都合退職250万円が必ず発生する費用ですが、そこに上乗せして会社都合の場合は10名で最大+250万円・移籍ない場合の従業員はさらに追加で最大4名で+400万円の合計650万円を支出上限額として社長と合意をしておきました。
2.3.個別従業員との交渉
ここまで準備をしたら、いよいよ従業員への条件開示を迎えます。タイミングとしては事業譲渡の契約書締結翌日に、個別の条件開示面談を全員と1日で行うことにしました。面談は社長と私の2名が説明側として参加し一人当たり20分を想定。移籍希望従業員・移籍希望無し従業員の2パターンの資料を準備しました。実際の資料は以下の通りですが、上記で述べた様な法的な面を考慮し、あくまでも事業譲渡を伝える⇒先方の移籍希望が来ているOR異動の内示⇒自己都合退職の場合の提出期限としていることがポイントです。加えて、自己都合退職の提出期限を1週間後にしたことで、長期の交渉などを避ける意図もありました。
<先方移籍希望有り従業員に提示した資料>
<先方移籍希望無し従業員に提示した資料>
このシナリオからもわかる通り、シナリオとしては、
対象 | 提示条件 | 譲歩条件 |
---|---|---|
移籍希望有り従業員(6名) | 自己都合退職金(50%) | 会社都合退職金(100%) |
移籍希望無し従業員(4名) | 会社都合退職金(100%) | 会社都合退職金(100%)+100万円/一人 |
これをもとに当日の説明を行うことになったのですが、説明会の当日に一つアクシデントが発生しました。実は、この時のS社の社長が従業員へ説明するのが怖くなってしまい、当日ドタキャンをしてしまい、急遽私一人で従業員との面談を1対1で行うことになったのです。かなりセンシティブな案件のため、本当は言った・言わないなどが発生するを防ぐために、会社側は複数人いることが望ましいのですが、当日のドタキャンだったのでその調整もする時間もありませんでした。このストレスはかなりのもので、特に移籍が無い従業員との交渉の前などは胃がかなり痛くなり倒れそうになりました。
交渉自体は資料に基づき上から読んでいくだけと決めており、余計なことは一言も言わないようにしました。内容が具体的に書いていない、移籍の無い従業員への「2-2.当社からのご提案」に関しては、自己都合退職の退職届を選択した場合は無条件で会社都合退職と同じ金額を出すことを説明しました。会社都合退職といっても一人平均25万円程度のプラスなので、まだまだバッファがある状態にしておきました。
何人かの従業員からは、その場でいろいろ条件交渉をされました。もちろん想定にないものはその場で断りましたが、概ね以下のような内容があがりました。
<従業員からの発言>
発言者 | 内容 | その場での回答 |
---|---|---|
先方移籍希望従業員 | 移籍しても下期の当社勤務分の賞与(=来年の上期賞与)が支給されない。移籍してほしいなら賞与分を上乗せしてほしい | 不可。移籍の場合は自己都合退職なので従業員の希望によるものが前提となり、当社が強制するものでない。 来年の上期賞与を優先したいのであれば、東京にて勤務いただきたい。 |
移籍無し従業員 | 東京勤務は嫌だ。S県の他の事業部に異動して仕事を続けることはできないのか? | 不可。S県の他の事業部では既に人員が余剰状態であり、受け入れる余地は無いことを確認している。勤務を続けていただけるのであれば、東京にて勤務頂きたい。 |
移籍無し従業員 | 次の仕事が見つかるかわからないので、退職後すぐに失業手当がもらいたい。退職届を書くのは別に良いが、退職票を会社都合としていただけないか? | 可。自己都合の退職届を書いていただくのであれば、会社にとっては問題は無い。 |
翌週頭、医薬品対面卸事業部の組織長から社長あてに、団体交渉を行いたい旨の連絡がメールできました。内容としては以下のような内容で6点の要求がありました。
<医薬品対面卸事業部組織長からの要求内容>
項番1.今回の提示は客観的に見て会社都合での解雇を要請しているに等しい。そのため退職事由は会社都合としていただきたい。
項番2.残留をした場合にS県内の事務所での仕事を会社側が準備してほしい。
項番3.1月31日で退職する従業員に関しては、引継ぎ等もあり有給が消化できない。そのため会社側で有給を買い取ってほしい。
項番4.事業譲渡日がずれる場合には、退職日は事業譲渡日の前日と変更してほしい。
項番5.今回の退職に際して退職金額を具体的に提示してほしい。また、会社都合退職に割増金を支払っていただきたい。
項番6.移籍した場合には、譲渡先の上期賞与で今期下期分の実績を賞与として支払ってほしい。
正直言うと、団体交渉という形をとってくれたためかなり会社側としては選択肢が狭まりやりやすくなりました。条件としては項番5にあるように一律の上増しを求められていたので、同じ条件を提示せねばならずそうすると当初想定していた会社都合退職(100%)分を支払うというロジック以外はとりえないからです。
そのため、項番1での要求をもとに、全員に対して当初想定していた自己都合退職の退職届を出すことを前提として会社都合の退職金100%を支払うことにし、当初移籍希望無し従業員で想定していたような金額上乗せは行わない事にしました。その上で当然の内容と思えた項番4を除いて、項番1以外はすべて拒否する最終回答を作成し、S社の顧問弁護士にも確認を行ったうえで、書面にてメールが来た翌日には最終回答を行いました。
<実際に団体交渉要求に対して回答した内容>
ポイントとしては、
・会社都合退職金を全員に支払う代わりに、自己都合退職届の提出期限を定め問題の年内解決を図ったこと。
・東京での勤務部署を提示し、S県オフィスでの勤務を明確に断ったこと。
・退職金額の個別交渉は行わないことを最終回答として提示すること。
の3つとなります。
団体交渉を選択したのが果たして全員の希望だったのかはわかりませんでしたが、移籍希望無し従業員に対しては「もったいないな・・・」と正直思いました。何故なら先にも書いたように会社側としては、移籍希望無し従業員に対しては一人頭100万程度の上乗せ退職金を予算として想定していたのに、移籍希望有り従業員も含めての交渉を求められたため、個別交渉をする必要性が無くなったからです。
最終的には、これを受けて正社員10名全員が自己都合での退職届を12月28日まで提出し、本件としては無事に完了をすることになりました。もちろん先方移籍希望の6名も全員移籍を受諾したため先方も満足した状態で、契約後の譲渡作業に入っていくことになりました。
3.振り返り
3.1.良かった点
今回の従業員の退職に関しては、
・譲渡先のA社が移籍を要望した従業員の6名全員が、自己都合退職届を書いてA社に移籍を行ったこと。
・従業員への退職金の上増しが250万円と、想定上限(=650万円)の半分以下で済んだこと。
と、想定しうる範囲でベストに近い結果となりました。これを踏まえて今回良かった点は、「事前にシナリオを練り、先手先手で考えることができた」ことになります。
従業員をどこまで引き受けてくれるかは先方マターですが、希望があった従業員が全員移籍したり、そもそも従業員10名が全員退職をしたのは、事前にシナリオを練れていたことが大きかったと思います。今回のケースでは、事業売却の交渉が始まった時点からシナリオを練り、社内外とも連携しながらシナリオに沿って行動することが出来ました。
最後は思いがけず団体交渉となりましたが、想定した条件の一つである「会社都合退職による250万円の退職金の増加」というカードを切って、さらに準備していた条件の「移籍無し従業員は一人100万円支給」というカードは使わずに温存することが出来ました。このあたりの条件なども事前に想定しておき社長と合意していたため、素早く決断できたのだと考えています。。
今回の従業員向けの交渉では改めて、事前にシナリオを練ることの大切さを思い知りました。
3.2.失敗した点
そんな中、今回失敗した点は「社長が当日ドタキャンしてしまった」という事です。私一人に大きなストレスがかかってしまったこともありますが、従業員に対しても当日は「社長と蓮沼が説明させてもらう」と言っておきながら、私一人が説明をしたことで、若干の不信感を与えてしまったことがあります。
もちろん社長さんの「従業員に厳しい選択を告知したくない」という気持ちも理解できます。なるべく従業員に嫌われたくはないため当日ドタキャンしたくなる気持ちもわかるのですが、やはりそこは社長として逃れることはできないことです。そもそも事業譲渡をする前に、医薬品対面卸事業の従業員が社内への異動が出来なかった時点で事業譲渡が成功しようがしまいが、どこかのタイミングで当該事業部の従業員には退職してもらうことに変わりは無いのです。であれば、辞めてもらう必要があるからこそ、従業員のこれまでの働きには感謝しつつ、誠意をもって「辞めてほしい」と伝えるのが、社長さんにしかできない事だと思います。
このブログを読まれている方は大丈夫かとは思いますが、どこかで「面倒なことは誰かに任せたいな」という気持ちが起きた場合は、こういった仕事は「社長にしかできない仕事」だということを思い起こして、最後だからこそ誠意持って対応することが大切だと知っていただければと思います。
今回は医薬品対面卸事業の事業譲渡における、従業員との交渉をどのように行っていったのかを、シナリオ立案から具体的な準備資料、そして実従業員との交渉をした結果を振り返りとともに共有させていただきました。この後の第3話はいよいよラストになります。第3話は、実際に譲渡契約を締結してから、実際の事業譲渡までどのようなタスクを実施しどのような点に苦労したのかを、具体的な使用資料を基にしながら共有させていただきます。
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