事業売却事例その1(医薬品対面卸売事業ーその1)

本ブログは企業の社長さんに向けて、業務改革や業務改善を手法として企業の赤字から黒字化への転換の事例を多数説明していますが、今日はその中でも難易度の高かった事業売却の事例を説明したいと思います。具体的には、私が実際に責任者として実行した医薬品対面卸売事業を、競合他社に事業売却したケースを紹介したいと思います。

事業売却と言っても、多くの社長さんにとってはピンとくるものではないと思います。ほとんどの方は一生に一度も経験することが無く、多くても一度か二度ぐらいしか体験することが無いものだからです。一般的には事業売却の事例などは使用した資料などが公開されることはあまりないため、ピンとこない事例が多いのですが、この記事では、実際に私が責任者として携わった事業売却を、その当時の課題感や使用した資料なども含めて、余すことなく共有したいと思います。

かなり分量としては多いので、全3回に分けて分けて紹介したいと思います。まずは第1回目として、事業売却をすることになった事業の概要と、どのように事業を精査し売却を決断するに至ったのか、その上でどのように売却先を探して契約締結までこぎつけたのかを中心に説明します。これを見て、実際に自社の事業を譲渡しようとしている社長さんにはかなり参考になると思います。あるいはもし、他社から事業を買収しようとしている社長さんにも売却側の心理というものがわかるのでお役に立てるのではないかと思います。

<目次>

1.医薬品対面卸売事業の概要
1.1.医薬品の病院・薬局への対面卸事業
1.2.前社長が乗り込んで立て直しを行うものの失敗
2.事業の精査
2.1. 業務詳細の把握
2.2. 貢献利益の算出
2.3.自前再建を断念
3.売却先との交渉~事業譲渡契約の締結
3.1.競合3社への声がけ
3.2.1社と本格交渉開始から3ヶ月で事業譲渡契約の締結

1.医薬品対面卸売事業の概要

1.1. 医薬品の病院・薬局への対面卸事業

今回のモデルとなる医薬品対面卸売事業というのは、医薬品メーカーから薬を仕入れて、病院・薬局へ卸売をする事業です。まず最初に医薬品対面卸売事業というものがどういうものかを説明をします。

医薬品対面卸売事業は、読んで字の如く人間向けの医薬品や医療材料(ガーゼ・ポンプ・注射器等)などを病院・薬局に販売する商売です。注文方法はかなりアナログで、病院・薬局から日次単位で電話・FAXなどで事業者に注文をすると、当日中に営業兼配送マンが病院・薬局に車で運転をして薬を納品をするような構造になっています。よく病院・薬局で大きな段ボールを抱えている、カッチリとネクタイを締めたスーツ姿の人たちを見かけると思います。あれが医薬品対面卸の営業兼配送マンです。お金は月払いになっており、事業者から病院・薬局への請求は1ヶ月に一度行うのが通常形式です。

前提知識として、患者さんが病院・薬局で処方箋をもらって購入する薬というのは、全国どこでも一律で値段が決まっています。これは厚生労働省が「薬価」として値段を定めており、病院・薬局は薬価以外の値段で患者さんに販売をするとが出来ないのです。「薬価」が決まっている為、患者さんはどの病院・薬局で買おうと薬の値段というのは全国どこでも同じなのです。一方で、病院側の観点に立つと、売る値段は一緒ですが、その薬を医薬品卸から買う値段(=医薬品卸が病院に売る値段)は決まっておらず、自由競争の世界となっています。そのため、ここで医薬品の卸売業者間での競争が発生する余地があるのです。病院は薬自体の仕入値の値段と、その医薬品卸が提供するサービス(注文してからすぐ届く・小ロットから対応する・医療材料とのセット割引や大量購入割引、等)を天秤にかけて医薬品卸を使い分けます。大体どんなに小さな病院でも最低2~3の医薬品卸が出入りをしており、例えば「新薬はXX、ジェネリックは○○」という使い分けだったり、「よく使う薬はXX、少ししか使わない薬は品ぞろえが豊富な○○から買う」など、病院・薬局により使い分け方などはバラバラです。

競争が激化して大変な業界ではないか?と思われるかもしれませんが、実はプレイヤーは限定されています。医薬品対面卸売事業というのは、誰もが自由に始められる商売ではなく、都道府県知事の許認可が必要となる事業で、県単位でプレイヤーが制限されているのです。許可を得るための条件としては、

・営業所(要は薬を置く場所です)には必ず管理薬剤師が1名常勤していること

・営業所には冷蔵庫・冷凍庫を用意しておき、低温・冷凍管理などの医薬品を適切に管理していること

・劇薬は鍵のかかる場所に厳重に保管していること

・劇薬の販売の際には販売病院・薬局及び販売商品・商品数を正確に記録しておくこと

などをクリアーしなければいけません。これらの条件がそろわないと業許可が取れませんし、監査において上記が守られていない場合には営業停止や最悪免許の取り消しなども起きえます。

医薬品卸の営業所は車で配達に行ける病院・薬局の範囲にどうしても限定されますから、営業所のある場所から半径30~50キロ圏内などが一つの目安となります。都市部などでは狭い範囲に人口が密集しているため、一つのエリアで充分なほどの病院・薬局が存在していますが、地方に行けば行くほど、営業県内の病院・薬局数は限定されます。その上で1つ目の●が曲者になるのですが、そのような場合でも営業所には必ず常勤の管理薬剤師がいて、必ず常勤している必要があります。そのため例えば営業所に1名しか置いていなかった薬剤師が突然退職した場合、後任が見つけられなければ拠点は営業を続けることができないなどの厳しい決まりがあるのです。

国の医療費の削減のために、とくにやり玉にあがるのがこの医薬品で、国は薬価を改訂の度にドンドン減らしていっています。30年ぐらい前までは、病院は自分たちの病院で調剤も行い、医薬品卸の販売価格と薬価の差額で儲けるというビジネスモデルでしたが、今は自分たちで薬を扱う病院はほとんどなく、医薬品卸が病院に販売するのは医療行為で使用する医薬品がメインとなっています。そのため、医薬品卸売事業から見たら、ここ30年ぐらいどんどん営業での病院への販売額が減り続けています。一方で医薬品の購入が増えているのは薬局で、薬局はチェーン店の場合各店舗ではなく本部が一括で集中購買をするため、かなり仕入交渉力を持つようになっており、こちらも医薬品卸にとっては不利な状況となっています。

その上で、医薬品卸というのは自分たちで薬が開発できるわけでは無いですから、必ず医薬品メーカーより仕入を行う必要があります。そのため近年では、大手でも営業利益率が1%程度あれば良い方という状況になっている利益が出しづらい業界となっています。

1.2. 前社長が乗り込んで立て直しを行うものの失敗

今回紹介するS社は医薬品のEC通販卸売事業をメインで営む企業です。S社において、医薬品対面卸売事業は元々やっていた事業ではなく、1年前に買収したU社が営んでいた事業の一つで、S県東部エリアを中心に地元の約500の病院・薬局を販売先として、30年近くの歴史がある事業でした。

ただし、先に述べたように近年は、医薬品の取扱いは病院ではなく薬局にシフトしていったため、取引のある病院数も徐々に減っていき、病院での売上減少分を薬局に対する売上でもカバーできておらず、年間の売上は2012年の2.7億円を最後に、その後は微減傾向が続き買収時点の2015年では2.5億円の状態でした。一方、競合となる同じエリアで営業する医薬品卸業者との価格競争が厳しくなってきており、売上に占める商品原価(つまりは仕入値)の割合は年々増加して、買収時点の2015年で85%にまで達していました。つまりこの事業で出る売上総利益(粗利)は年間4000万しかないような状態だったのです。

買収後の2016年は、医薬品対面卸売事業はH社の前社長が乗り込んで事業部長として兼務して事業再建を行うことになりました。その際に前社長は、サービスレベルを向上させて売上を上げるという施策を取り、主に以下の3つ手法を取りました。

<買収直後の医薬品対面卸事業の取った手法>

手法アプローチ対象目指したこと実施したこと
手法1既存顧客1顧客の注文回数を増やす配送頻度を増やし、それまで1日1回配達だけだったものを、1日2回配達を実現させる
手法2既存顧客1注文の注文単価向上セット割引商品などのキャンペーン企画を行う
手法3新規顧客新規顧客の既存顧客化新規で薬局・病院を開拓する

手法1で目指したことは1顧客当たりの注文回数を増やして顧客単価をあげことでした。それまで営業マンが顧客を回っていたのでどうしても配達回数が1日1回に限定されていました。それを午前中までの注文は午後配達、午後注文されたものは翌日午前中配達と配達回数を2回に増やしたのです。当然ながら営業マンだけでは回り切れないため、注力が低い顧客はJPでの宅急便に切り替えました。

手法2で目指したのも顧客単価を上げることですが、手法としては1注文当たりの注文単価向上を狙いました。これは主にキャンペーンによって実現しました。例えば粗利率は低いもののよく売れる医薬品や医療材料などをメーカーから大量に仕入れ、キャンペーンという形でセット注文をした場合には値引きするなどといった形のキャンペーンを毎月実施しました。

手法3は新規顧客の増加です。これは営業部内の体制を見直し、これまで既存顧客の配達がてらに営業マンが新規開拓を行っていましたが、これを改めて新規開拓の営業チームを作り、経験者を外から1名採用し既存の営業部からも1名異動させて2名体制で新規開拓だけをするミッションをもったチームを立ち上げました。

手法1~3を見れもらえれば気づくと思いますが、手法1・手法3に関しては経費が余計に掛かるようになり、手法2に関しては粗利率を悪くする行為です。そのため手法1~3を吸収するためには、粗利の絶対額の向上を相当程度しないといけない状態でした。ところが、前社長が1年間取り組みを続けた結果は、2016年度の同事業の粗利はむしろ減少してしまうというものになってしまいました。

<買収前後の売上・粗利 ※単位:万円>

売上・粗利2015年度(買収前)2016年度(買収後)
売上25,53225,975
粗利3,9333,715

2.事業の精査

S社全体が赤字の状態に陥りS社の社長も交代することになりました。社長の交代後、早々に全社的に事業精査を行い、どの事業を存続再建・売却・廃止するのかを検討することになりました。優先順位的に、医薬品対面卸売事業がまず候補に上がり、私が責任者として精査を行うことになりました。

2.1. 業務詳細の把握

まずは、業務分担表を作成し、従業員が何に、どのぐらいの時間を使っているのかを把握することになりました。実施方法などは以前書いた「業務分担表を作成し、従業員が何に労力を費やしているのか可視化しよう」を確認いただければわかります。この記事と違うやり方をしたのは、この時は時間も無かったのでヒアリング先を課長1名に絞り業務分担表を完成させた箇所ぐらいです。

業務分担表は完成し精査したのですが、特に社長視点で問題は見つかりませんでした。ヒアリングを対応してもらった医薬品対面卸の課長に聞いても、特に削れるような業務は無く、1日2配達の体制や新規開拓を続けるならば今の体制は絶対に必要だとの事でした。

2.2.貢献利益の算出

こちらも、本来は事業P/Lとして、事業単体の配賦まで終わった営業利益まで出すべきでしたが、まずはその事業部の費用だけで完結する貢献利益ベースでどの程度黒字を出しているのか把握することにしました。貢献利益の算出方法自体は「部・課ごとの貢献利益を出そう」で述べていますが、この時も同じように一つ一つ経費明細を確認しながら、医薬品卸売事業で直接かかっている費用を洗い出していくことにしました。

2017年度の1Q(4月-6月の3ヶ月)は既に始まっていましたので、まず売上・粗利を単純に4倍とある意味バイアスがかからない方式で予測することにしました。費用も関係するものを洗い出していきながら、年間分を単純に予測する方法を取りました。その結果算出されたのが以下の結果でした。

<2017年度の貢献利益予測結果 ※単位:万円>

貢献利益の構成要素2017年度予測
売上27,500
粗利4,029
費用(貢献利益算出分のみ) 8,040
 費用【固定費】ー人件費系(給与・賞与・法定福利費・退職積立金) 6,981
 費用【固定費】ー車両費(リースで取得している車両・ガソリン・保険代) 768
 費用【固定費】ー通信費(携帯電話) 70
 費用【変動費】ー運賃荷造費(宅急便配送分) 220
貢献利益▲4,011

なんと、貢献利益のベースで年間4,000万円の赤字という結果でした。特に衝撃だったのが、人件費の時点で粗利が全て吹き飛び3,000万近くの赤字の状態になるという事実でした。この事業の場合、S社の他事業のEC通販事業と違って、人件費・車両費などの営業・配送マンがいることによる固定費を押し上げる構造となっていることに大きな特徴がありました。 

2.3.自前再建を断念

ここまで情報が出そろったところで、上記2.1~2.2で調査をした

・2.1・・・現在の業務詳細上、明らかな無駄な業務等は発見できなかったこと

・2.2・・・貢献利益の時点で4000万円の赤字である事。特に人件費の時点で3000万円の赤字になっていること

を踏まえながら、事業をどのようにしていくのかを検討しました。

まず単純に、5年で貢献利益ベースで累積黒字にするためにはどのような、売上・粗利計画で無いといけないのか、前提を置いたうえでシミュレーションをすることにしました。

<必達パターンのシミュレーション結果 ーDCF法ー>

前提として、少し非現実的でしたが人員は現行人員ママで行うなどをおきました。結果は、年間で売上1億5000万・粗利2000万増というのを、2018以降途切れずに進めないと累積黒字化すら見えないことがわかりました。この計画でさえもあくまで「必達」ですので、実際にはこれで「マイナスからゼロ」の戻ったというだけです。事業継続を判断するためには、最低限これを上回る売上・粗利を、見込めないといけません。

その上で、現実的なこれまでの売上・粗利の推移から、現実的には事業を続けた場合どのようなシナリオになるかもシミュレーションしました。

<現実パターンのシミュレーション結果 ーDCF法ー>

費用の箇所は変えておらず、売上・粗利を現実的な予測に変更しました。過去の傾向から、粗利率はいくら販売する薬を選んでも顧客の顔ぶれが病院→薬局に切り替わってきている時点で、より悪化することがほぼほぼ確実視されていました。こういった要素を踏まえると、5年間で2億円の赤字になるという試算を行いました。

実際にS社の前任の社長が改革に失敗した結果が2016年度でしたので、社内の誰が担当しても「現実パターン」になりそうなことが明らかでした。 これらの検討結果に加えて、医薬品卸売事業がこの会社の他のEC通販事業へのシナジーもほとんどないと判断したため、自前での再建を断念することになりました。必達パターンになるような計画は、どう考えても描けなかったのです。

自前再建を断念した後は、残す道は、事業売却をするか事業廃止をするかのいずれかの2択になります。ダラダラと売却先を探しても仕方が無いため、事業売却の契約締結目標を12月と置き、12月中に売却先が見つからない場合には、事業そのものを廃止することを決定しました。当然ですが、この時点ではS社社内においては、社長と私の2人だけの極秘事項として決定しました。

次に事業売却先を探していくのですが、その前にやっておくことが一つありました。他事業で戦力になりそうな社員を他事業部へ異動をさせることです。詳細な説明は次回に譲りますが、事業売却の動きを始める時点で、他事業で使えそうな人員は異動をさせておくことが必要となります。ほかの取締役などにはこの時点で背景などは共有できないため、すでに人事部に求人依頼があった事業部の募集要項を見ながら、

・EC通販事業で法人販路の開拓を期待されたので、新規営業を1名

・EC通販事業で医薬品企画のマーケティング企画担当として、販売施策担当者を1名

の合計2名を、医薬品対面卸売事業からEC通販事業にに異動させることにして、各取締役とも調整を行いました。

<人事異動の結果>

部署2017年7月EC通販事業への異動2018年8月以降
既存営業(営業&配送)55
既存営業(配送専門)※パート33
新規営業(新規開拓)211
企画(販売施策・受注入力・システム設定)514
合計15213

3. 売却先との交渉~事業譲渡契約の締結

この時点ですでに8月でしたが、契約締結の目標は12月末ですので実際には4ヶ月しかなく時間的な余裕はまったくありません。本来事業売却をするのであれば、M&A仲介会社などを通じてできるだけ高値で売るのが定石ですが、時間的な余裕もないため社長と私だけで対応していくことにし、以下のようなスケジュールを立てました。

・競合他社へのアプローチ:8月初旬~9月末

・競合1社との専属交渉契約及び契約締結まで:10月初旬~12月中旬

・契約締結後の後処理:12月中旬~1月末

3.1.競合3社への声がけ

冒頭にも書きましたが、ある程度高値での売却が可能そうな事業であれば、M&A仲介会社をいれて売却先を探すのが定石です。ただし今回時間的な余裕が無かったことと、そもそも今回の事業売却の対象が「S県の東部エリアで売上が落ち続けている、赤字の医薬品対面卸事業」という、他事業を営む企業がなかなか新規で売却するとは思えない事業でした。

逆に、購入してくれる可能性があるとすれば、S県の東部エリア・もしくは近郊エリアで医薬品対面卸事業を主事業として営む競合他社ぐらいではないかという結論になりました。粗利率の悪さなどは、元々自分たちが持っている仕入れ先で改善可能すし、特に未進出のエリアであれば、まとまった売上がすぐ立つ見込みも立つので、医薬品対面卸事業を主事業としており黒字であれば、売上もっというとその分の顧客数を時間で買うという発想が成り立つためです。

そこで近郊エリアで営業を営む競合他社さんに絞ってアプローチをすることにしました。ただしS社の社長は医薬品対面卸事業は素人で何のつてもありません。そこで、以前の経営者であるU社の元オーナーに正直に事情を話し、協力を依頼することにしました。U社のオーナーの快諾のもと、2~3日のうちに可能性がありそうな競合3社のオーナー社長をピックアップして、オーナー社長とのアポイントを設定してもらうことになりました。

<声をかけた競合先>

A社B社C社
S県東部エリアでの営業未進出進出済未進出
会社の売上規模(/年)22億円29億円53億円
同業他社のM&A経験無し有り有り

このうち、A社・B社は電話時点で「検討をしたい」とのことだったので、アポの設定が完了。C社に関しては、既にM&Aをした競合他社の改善に取り組んでいる最中なので難しいとの事で辞退されました。

A社・B社にはU社の社長とともに訪問をし、以下の情報をパワポ形式で簡単な表にして開示しました。

・過去5年分の売上・粗利の推移

・前年度の固定費状況(人件費・その他経費)

・前年度の貢献利益状況

その上で、

・S社として今後EC通販事業に注力するため、医薬品対面卸売事業を今期いっぱいで譲渡できる相手を探している

・従業員に関しては、移籍を受け入れていただきたいこと

などを説明しました。その上で、この後具体的に検討を進めてもらえるのならばNDAを結んだうえで、次回の訪問では組織図のより詳細な情報、売上・粗利を上げている顧客の顔ぶれなどのデータの提供が可能である旨の説明を行いました。結果、A社は継続検討を行い、B社は売上規模と貢献利益の状態から自分達では手に負えないとの判断で辞退されることになりました。本来は単独交渉の直前まで複数の相手と交渉をしたほうが売却価格などで選択肢が増えてよいのですが、辞退されたものは仕方ありませんので、この先はA社とのみ交渉を進めることになりました。

2回目にA社にあった時には、オーナー以外にも取締役を追加した形での説明となりました。ここでは具体的に顧客単位での売上カテゴリ・メンバーの人員構成などを中心に資料として提示しました。

<提示資料ー顧客カテゴリ別の売上・粗利の5年間の推移>

<提示資料ー同期間の顧客別の顔ぶれ>

<提示資料ー人員構成図・業務ミッション ※先方から既に不要と言われた配送専門者(パート)の3名分は除く>

基本的には打ち合わせはこの2回で完了とました。その上でA社には、これ以上の売却に向けた交渉とそれに伴う情報開示を希望するならば、最終的な契約締結を前提とした意向証明書を提出してほしいとお願いをしました。フォーマットはこちらからお渡しし、適宜文言等は希望事項を書いてもらうように依頼をしました。

<相手方に渡した意向証明書のひな形>

このFMTを渡した時点で9月末であり、既に声がけから2ヶ月が経っておりました。前に進めてもらえる場合、ここから3ヶ月以内に最終契約締結を済ませる計画にし、A社にもそのことを念押ししておきました。

3.2. 1社と本格交渉開始から3ヶ月で事業譲渡契約の締結

実際に、A社からは2日後に意向証明書の提出がありました。A社から条件として提示されたのは以下の5条件でした。

条件カテゴリ条件内容
条件1全体プロセス専門企業を入れてのDD(デューデリジェンス)は実施しないが、総勘定元帳ベースでの本事業の売上・粗利・費用の財務状況は開示頂きたい。
条件2人員事業継続に必要な薬剤師の転籍は必ず実現してほしい。一方で事業全部の人員は引き受けられないため、何らかの方法でA社主体で従業員の選別をさせてほしい。
条件3人員賞与・退職金などはH社の責任で解決しておいてほしい。
条件4資産事業に紐づく資産(在庫・リース車両・システム)に関しては、譲渡不要
条件5全体プロセス新しい営業拠点はA社で探すが、仮に事業譲渡日までに適当な営業所が見つけられない場合には、S社のS県の事務所に間借りをさせてほしい。

まず条件1に関しては、正直我々にとってもありがたい申出でした。というのも、DD(デューデリジェンス)を行うと最低でも2週間~3週間かかりますし、資料の準備などでシステム部・経理部なども巻き込む必要があるため、事業売却に対するこちらの負荷が上がってしまいます。総勘定元帳ベースであれば、社長や私でもアクセス可能でしたので、引き続き契約締結までは社長と私で話を閉じて交渉が可能な見込みが立ちました。

条件2に関しては、顧問弁護士に確認したところ、事業売却の場合は、いくらA社が希望しても従業員が転籍するか・しないかはあくまでも従業員の自由意思が原則になるとの事で、強制は不可能であるとのことでした。そのため、A社に対しては従業員の自由意思の為約束はできないが、可能な限り転籍するように協力するという回答となりました。また、事業の従業員全員を転籍希望をもらいたかったのですが、さすがにそれも相手側企業の都合があるためムシが良すぎるので選別も可能という回答を行いました。

条件3はもともとそのつもりだったので、こちらは問題なしでした。

条件4が一番ネックとなり交渉が必要な事項でした。医薬品対面卸売事業は資産が少ない方でしたが、それでも資産が全て不要と言われると、

・仕入在庫・・・他事業に流用できない仕入在庫は単純に廃棄の必要があるため、現在の仕入在庫(3~4千万円程度)が一時損として発生

・リース車両・・・解約すると車両リースの残存簿価相当を解約違約金(1千万円程度)が一時損として発生

・システム・・・破棄すると残存簿価(5年償却が完了していたので0円)が一時損として発生

と併せて5千万円相当の一次損が発生する見込みでした。そのため条件4に関しては、条件2の「従業員の選別」を飲む代わりに、ある程度の資産を買い取ってほしい旨の回答をその時点でしました。

条件5に関しては、S県の事業所は自社物件だったためこちらも問題ないため了解としました。

この後は、A社のオーナー社長と2週間に一回の割合で定例を持つことになったのですが、12月末の契約締結まで、条件2の交渉と条件4の交渉がメインとなりました。条件2は次の記事で説明をするため、本記事では条件4を具体的にどの程度まで受諾してもらったのかを説明します。

仕入在庫に関しては、1日も途切れない円滑な営業継続を前提とした場合、S県東部エリアで使用する薬の事情も異なるため、まずはいったん今の在庫をすべて買い取ってもらうことが必要ではという提示(下図:ア)を行いました。それに対してA社からの回答は、A社と当社で取り扱いが被る商品に関しては、ある分をすべて購入することでどうか?(下図:イ)というものでした。

ここで納得しても良かったのですが、事業継続を考慮した場合実際に営業をしている管理職の納得性の高いものでないともいけないと思いました。そのため医薬品対面卸売事業の課長に、事業売却の話は伏せたうえで「この商品が無いと、通常の取引がとまってしまうような重要商品。目安としては欠品など起こすと大手の顧客から取引を切られるようなリスクのものを洗い出してほしい」と、社長から依頼をしたうえで商品のリストを洗い出してもらい、これを現場の意思としました。そのうえでA社に「現場の課長はこちらの商品も必要と言っているのでこちらはどうか?」という再提案(図:ウ)を行いました。

<仕入在庫のイメージ>

実際の交渉の過程では、現在の在庫量と商品名を一つ一つ提示しながら交渉を進めていったのですが、最終的にはA社のオーナーも現場の意思を尊重したいという話になり、ウの案の在庫を買い取ってくれることになりました。買取価格はA社で仕入があるものに関してはA社の仕入価格で、A社で仕入の無いものに関しては当社の仕入値そのままで買い取ることを合意しました。

結果として当社の1190万円分の在庫買取価格は909万円という形で決定しました。当社から見た場合は

カテゴリ簿価在庫買取価格一時損
在庫破棄分(6227商品)2193万円▲2193万円
在庫売却分(418商品)1190万円909万円▲281万円

と、最大で2474万円の一時損が発生することを見込みました。

次にリース車両に関しては、まず契約を確認したところ、S社とトヨタレンタリースのリース契約となっており、リース簿価が1292万円ありました。この契約を途中解約する場合にはリース簿価の80%相当分を中途解約費用としてトヨタレンタリースに支払わなければいけない内容でした。トヨタレンタリースに確認したところ、第三者の他社に譲渡することも可能との事でした。

ロジックも何もありませんでしたが、A社に対してはせめて移籍する営業マン分のリース分は引き受けてくれないかという提示を行いました。こちらは最終的にA社にはこちらの要望を飲んでもらい5台分・877万円分のリース契約を引き受けてくれることになり、評価額は0円(=残債をA社に付け替え)で受け渡しをすることになりました。

<リース契約の譲渡詳細 ー黄色がA社が譲渡を受け入れたものー>

最後のシステムに関しては、特にS社側の残存簿価も無かったですし、新たなキャッシュアウトの懸念もないため先方の指定通りとしました。もちろん、先方のシステムにデータを移す移行などの実現方法が懸念されましたが、そちらは譲渡契約締結後にシステム部も交えて会話をしていくことになりました。

このようにして条件を一つ一つすり合わせていき、事業の譲渡契約を12月20日に結ぶことが出来ました。S社とA社でそれぞれ同日に緊急取締役会を開き、その場で売却の承認を得たうえで契約書を取り交わしました。こちらも顧問弁護士に確認の上、基本取締役会の決議でよい(※一部例外もあるのですが、オーナー企業の場合はそこまで意識しなくても良いと思います)ことを確認したうえで、行いました。

これにより、7月に事業売却を決定した医薬品対面卸売事業は、予定通り12月に事業譲渡の契約の締結を行うことが出来ました。なお譲渡日は翌年の1月末日としました。ここから急ぎ従業員向けの転籍手続と、契約締結後のクロージングが必要となりますが、それぞれ別な記事で説明させていただきます。

今回は事業売却の事例として、医薬品対面卸の事業売却と、売却の契約締結までどのように進めたのかを「その1」として共有しました。「その2」では実際に従業員の転籍・退職をどのように円滑に実現していったのかを中心に説明したいと思います。

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